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 何だか、しづかなところへいきたくなった。
 そういう気分になることは誰にだってあるだろうが、こと、自分のことについていうなれば、そう自覚するのは珍しいことだった。仕事がうまく行っていない訳でもない。同居人の、いつも不機嫌そうに眉間にしわを寄せた、黒衣の彼と喧嘩をした訳でもない。朝焼けとともに始まるトニックと、日暮れとともに訪れるドミナント終止の繰り返しに、支障が起こったわけでもない。ただ、静かなところへ行きたくなった。そういう気分だった。
 そうとなれば行く先は一カ所ぐらいしか思いつかず、時計の針が指す3が丑三つ時のそれだとは分かっていたが、居ても立ってもおられずに、書き掛けであった五線譜の紙をくしゃりとしておいてから、家を出た。玄関の扉が閉まる音はそれなりにやかましかったはずだが、同居人の文句の声は聞こえなかった。寝入っているのだろう。目が眩むほどの朝日に起こされたとき、閉ざされた部屋にひとりであることを見つけて悲鳴をあげるだろう。その声を聴けないのが残念である気もするし、今はそれすらも聞きたくない気もする。同居人の悲鳴だとか嬌声だとか、彼の意に反してでる声というのは音叉と同じ440HzのAの高さで耳に届く。彼のそういった声は大抵自分の心を穏やかにしてくれるのだが、時折、真逆の方向へ働くことがある。自分の心が曲を聴き取ることに向かっているときだ。そういうときに限って、戯れに彼の声を聞きたくなって、いつものように彼の首を締めたり、彼の性器に他愛もない悪戯をしたりするのだが、聞こえてくる彼のAの声は、自分の心を波立たせる。台風の下の波を思えば分かりやすい。普段なら凪をもたらす声であるのに、自分の心は落ち着きをなくし、それでいて、聴覚は研ぎ澄まされた。凪が一点に集中したかのように、荒れ狂うこころとは裏腹、自分の耳はよくよく音楽を聴き取った。
 恐らく、今は彼のそんな声をこそ聞きたくない。静かなところへ行きたいという気持ちの中には、全てではないにしろ、彼の声からの逃避も含まれているのだろう。彼、青白い肌をしてひどく痩せぎすの彼。彼の骨張った腕が自分を求めて中を掻く様を見るのが好きだ。高さのない掠れた声が自分の名前を呼ぶのが好きだ。それでも、彼の魅力はAの声にもっとも凝集される。彼が、出したくもないのに出さざるを得ない、440HzのAの声が好きだ。
 行く先は実のところ我がボロアパートからそう離れていない。だらだらと続く緩い坂道をえっちらおっちら上り続けた先に、土産物屋が軒を連ねる参道がある。丑三つ時ともなれば、出しっぱなしの派手な幟が夜風にはためいているだけで、人っ子ひとり見当たらない。猫の影もない。鹿は時々出るらしい、参道の奥の、山道での話だが。
 赤信号の横断歩道を渡って参道に入り、きつくなった坂道をゆっくりと登る。昔、こんなにたくさん土産物屋があってどうやって生計を立てているのだろうと不思議に思った。今の同居人、かつての同級生に尋ねてみたが、興味なさげに本の頁をめくりながら「兼業農家で食ってるんだろう」との返事があった。どこに畑や田んぼがあるんだ、と聞き返しそうになったが、実際に声帯が震えるよりも先に彼の言っているのがただの喩えであることに気が付いて、恥を掻かずに済んだ。聞き返したら彼はもっと不機嫌そうに眉根を寄せて、自分ひとりだけ参道を先先と歩いて行ってしまっただろう。
 山道を登り切った先には、何故だか鳥居がある。観光名所になっている寺の敷地内なのか、ただのお隣さんなのか、赤い鳥居がでんと構えて手招きする。そちらには向かわない。かといって、観光名所に踏み込んでいくわけでもない。参道の終わりのところの土産物屋を脇に入って、細い路地を進んでいく。こんな道、用がない人間以外は絶対に入らないだろうし、そもそも、道だと思わないだろう悪路。足元は浅い排水溝、頭上には茂りきった細い木の枝。それをいちいちかき分けるのも面倒だから頭から突っ込んで進んでいくと絵だが折れる乾いた音がする。枝がしなる重なった音がする。それは静かとはほど遠い。しかし、これを抜ければ自分の知る限りで一番静かなところへ行き着くだろう。
 本当に静かなところというのは見つけるのが難しい。耳から聞こえてくる音はなくとも、頭の中で響いている音がある。体中を血液と共に巡っている音楽がある。それをまったくなくしてしまうことは、自分が生きていたいと思う限り無理なのだが、聞かないでいることは出来るはずで、しかしそのためには耳の外にある音が必要になるのであり、それでは静かとは言えない。耳の外に音がなくとも、体の中の音楽を聴かないで居ることが出来るだろうか。出来ることがある。よく理由は分からないが、それに成功することはある。それへ成功したことのある場所というのが、自分にとっての静かなところだ。
 足元が緩やかな坂道を成し始めれば終わりは近い。同時に木の枝の茂りは容赦がなくなるものだから進みにくいが、こればかりはいかんともしがたく、流石に両手でもって枝を押し退け、押し退けしながら歩く。終わりが見えた。低い石垣が連なっている。背丈の半分ほどもない低い石垣だ。少し手前から勢いをつけて地面を蹴ればひょいと飛び乗ることの出来るぐらいの高さしかない、石垣。生憎木の枝に阻まれて一歩ずつ近付くしかできないが、石垣の上へ片手をつくだけで簡単に乗ることが出来た。
 そこはもう庭である。路地の奥まったところ、そろそろ山の斜面にさしかかろうかというところにひっそりと建つ一軒家。周囲にはまばらな木しかない。もう少し離れたところにまた別な一軒家があって、その近くには共同住宅も建っているというが、ここからは見えない。まったくぽつねんとこの家は建っている。
 庭に面した雨戸は閉まっていない。そこだけ窓の鍵が壊れていて、家に住み着いた猫(飼い猫ではない、決して、飼い猫ではない)が出入りに使うから、雨戸を閉めないで居るのだという。全く、家主は優しい奴だ。その優しさがいつかは仇になるのじゃないかと、甘えている身の癖に心配なんぞしてみる。靴を脱ぎながら窓を開けるとからからと寂しい音がした。庭に靴を脱ぎ捨てて廊下にあがると、しんと静まって暗い。明るいときにも何度も来たから勝手は分かっていて、玄関へ近い方のふすまをそっと引く。狭い畳の部屋の真ん中に布団が敷かれていて、人が寝ている。家主に違いなかった。タオルケットを腹の辺りにかけて、胎児のように背中を丸めて眠っている。身動ぐ様子すらない。ああ、良かった、と思う。ふすまを閉めて忍び足で布団へ近付く。そろりと腰を下ろして床に手を付くと、畳の目が指先に引っかかった。蚊取り線香のにおいがする。暗く、静かな部屋だ。ここは静かなところだ。
 ゆっくりと畳の上に寝転がる。さっき見た姿を思い出しながら、自分も胎児の姿勢をとる。ナマコの乾燥胎児、ふとそんなことばが動く。そこで眠っている奴が好む作曲家の、有名な曲だ。歯の痛いナイチンゲールの真似なぞ誰が出来るだろうか。おかしい。誰も彼もおかしい奴ばかりだと思うと、涙が出そうな程安心した。

 腹に鈍い衝撃。蹴られたな、と目を開けながら思う。
 ふすまは開いていて、燦燦と眩しい陽の光が部屋に射し込んでいる。いつの間にやら自分の体の上には薄いタオルケットが掛かっていて、蚊取り線香ではなくて汗のにおいがした。
 体を起こして見上げれば、家主である後輩が、呆れた表情をしながら口を動かす。
 起きたか、ばか。
 そう言っている、と唇を読む。こいつは声を持たない。どういうわけかは知らないが、声を出しながらしゃべっている様など見たことがない。
「うん、おはよう。昌浩は早起きやね」
 もう十時過ぎだぞ、本格的に馬鹿か、あんた。
 捨て台詞のように吐き捨てて、昌浩は部屋の奥へ行く。そちら側のふすまも開いていて、空いた腹をくすぐるいいにおいがしていた。ああ言いながらもこうして飯の面倒すら見てくれるのだから、やはり、こいつは優しい。断りもなく上がり込んだ男にまでこんなことをしていたら、いつか刺されて死ぬんじゃなかろうか。
 狭い台所には細長い食卓机が置かれていて、ぎりぎりふたりが向かい合って座れるだけの狭さの机の上には、煮物の大皿がひとつと、湯飲みと白米と味噌汁と塩鮭を焼いたのがふたつずつ、ぎゅうぎゅうと並んでいる。この家の朝は和食らしい。結構なことだ。
 昌浩は先に座って食べ始める。いただきますの声はない。当たり前だ。その向かいのいすへ腰かけて、そろそろ手に馴染むようになってきた箸を持ち、手を合わせる。
「いただきます」
 昌浩が食べている間は会話もない。声がない後輩としゃべるためには筆談をするか、唇を読むかぐらいしか方法はなく。食事の間は必然的にどちらも使えなくなる。かちゃかちゃと箸が食器にぶつかる音や、味噌汁を冷ます息の音、冷たい麦茶を飲み干す喉の音。そんな当たり前の音だけが聞こえてくる。耳の外側に音があるのに、ああ、やっぱりここは静かだと、感じる。自分の内側の音楽が聞こえてこない。
 そのことを説明しても、理解不能だという反応を返す人間が大半で、それは、専門的な教育課程に進んだ後も同様だった。理論があることは否定しない。しかし、自分にとって曲を作るとは曲を見つけることとほとんど同義であり、結局それは、自分の中に数多ある音楽のうちのひとつを聴き取るということだ。研ぎ澄まされた耳を持っていることは良いことだ。だが、時々それで疲れてしまうのかもしれない。同じことばかりを繰り返した耳が倦んでくるのかもしれない。膿んできていたのかもしれない。
 ああ、それで、しづかなところへいきたい、だなんて考えたのか。
 いくつもの会社へ送りつけた五線譜はそのうち自分でない誰かの手で再構成されてテレビやラジオのスピーカーから流れてくるだろうし、他の人が聞くのはそうして再構成された音楽だから何の違和感もないのだろうが、自分が聴き取った音楽と再構成されたそれとの間の、ほんの微妙なずれが、自分の耳を苛むことがある。それと同じことが、あまり多くの音楽を掬い上げすぎたせいだろうか、ひとり、自分の中だけで起こっていたのか。自分の中で、音楽同士が不協和音を起こしていたのか。
 その思いつきというのはあまり不自然なく自分の中へ収まって、ああ、と自然と声を出しながら頷いていると、箸を伸ばすべきものがもうなくなっていた。皿の上へ箸を置いて、湯飲みを手に取り麦茶を飲み干す。昌浩が怪訝そうにこちらを見ている。
「どしたん、昌浩」
 今日もまた喧嘩したのかと思ったけど、そうじゃないんだなと思って。
「なんで?」
 笑い方が機嫌悪そうじゃない。
「なんや、えらそうに。外れてへんから許したるけど」
 あんたこそ、えらそうに。早くコクトーさんに連絡しといてくださいよ、俺、一方的に文句いわれるの嫌なんで。
「あー、コクトーくんには悪気はないねんで。ただ、興味ないことに全っ然労力割かれへんだけで」
 ある意味俺に対して失礼ですよね。別に良いんですけど。
 昌浩は溜息をつく。同居人の彼は、今頃一人きりの部屋で半ばパニックになりながら、でも、そろそろ、窓を開けることぐらいは思いついているだろうか。窒息してしまう前に。窒息、してしまっていても構わないし、むしろしている方がうれしいような気もするが。
 ちりんちりんと風鈴の音色がする。それを聞いていてすら静かだと感じられることが不思議であったが、それとは別に、風鈴の音色が耳に付いた。不協和音。密集した三つの音は、明らかに不協和音を奏でている。
「なあ、風鈴」
 いーんです。
 昌浩が素早く口を動かす。あまり見慣れない、こちらに有無を言わせない強い眼差しが、自分を見てからもっと遠くを見た。風鈴の音は、昌浩の視線の向かう先から、庭の軒先の方から聞こえてくる。三つ。恐らくはガラス製の、風鈴が、そこで戦いでいるのだろうか。
 俺への嫌がらせだから、いーんです、あれで。
「わざわざ嫌がらせを受けたるなんて、昌浩はほんまに優しいな」
 どうだか。
 肩をすくめて笑い、昌浩は手元の食器を手早く重ねた。空になった大皿に自分の分の食器を重ねると、こちらへ手を伸ばしてくる。それが、食器を寄越せという合図だということはすぐに分かって、自分の分の食器を重ねて、昌浩の手に乗せる。大きな手のひら。ピアニストの手をしている。昌浩はどの道を選ぶのだろうかと思う。昌浩は、自分が音楽を掬い上げる話をしても笑わない方に居る人間だから。
 昌浩の背中に向けて風鈴の不協和音が鳴っている。そんな気がした。嫌がらせだ、なんて昌浩が言ったせいかもしれない。人を好きになることと似ている、そんなことを考える。人を好きになることは、自分の中の不協和音を許すことに似ているような気がしたのだ。今のほんの一瞬だけ、その意味を分かっていた。今はもう、分かるのだけど、分からない。ただ、同居人の首を締めたときの掠れた声を、肌を重ねたときの甘ったるい鼻にかかった声を、思い出してしまう。折角静かだったのに、ああ、音楽が体の中を巡っている。だから自分は、彼と共にいるのだろうか。
 昌浩が食器を洗い終えたら、礼を言って帰ろう。彼が、昌浩へ電話をかけてくる前に。
 風鈴の音は鳴り止んだ。まだ、どこかで不協和音が鳴っている。



2016.08.17